大切なのは?何が起きたか、じゃなくって、どう対処したか?

メンタルストーンの秘密

【大切なのは?何が起きたか、じゃなくって、どう対処したか?】

It’s not what happens to you, but how you react to it that matters.

パワーストーンと違うメンタルストーン天然石カウンセリングのなゆりです。

エピクテトス 古代ギリシアの哲学者

人間を不安にするものは物事そのものではない。物事に対する見解が人間を不安にさせる。
エピクテトス(『世界の名著14 キケロ/エピクテトス/マルクス・アウレリウス』p.387)

私たちには、たとえば健康状態、経済状態、他人の評価といったような事柄が気になって、かえって自分の力を発揮できないということがあります。事柄の成り行きがはっきりと分からないということが、わたしたちのこころをざわつかせ、不安にします。自分のことを気にかければかけるほど不安は募っていきます。そして、思い通りにならない事柄に不安の原因を見るのではないでしょうか。

それに対して、エピクテトスは、私たちの不安のほんとうの原因は、事柄そのものにあるのではなく、その事柄をなんとかしたいという私たちの「思惑」のうちにあるといっています。ほんとうは自分の力が及ばない事柄まで「私たちの権内にある」(自分の力でどうにでもできる)と思い違いをしているのだというのです。しかし、「私たちの権内にある」のは、身体や財産や評判などの外的な事情ではなく、私たちの意見や意欲である。だから、私たちがまず第一に気遣うべきことは、「私たちの権内にある」こととそうでないことをはっきりと区別することであり、さらに、「私たちの権内にない」ものへの誤った愛着を断って、自分の考えや意志を正しく用いることだというのです。

それは、自分以外のことに無関心になれというのではありません。むしろ、自然や社会や他人といった事柄を正しく理解し、それらとのかかわりの中で人間として自然な本性に相応しく生きるために、自分の考えや意志を用いることをすすめているのです。それこそが、真に自分を気にかけることだというのです。

現代社会では、複雑な分業や高度な科学技術によって、何でも私たちの思い通りになるかのように思えます。しかしかえって、ほんとうに自分を大切にし気遣うとはどういうことであるのかがわかりにくくなっているのではないでしょうか。「自己とは何ぞや」という問いを人生の根本問題とした清沢満之も、エピクテトスに共鳴しつつ、仏教の伝統の中でそのことを問うたのです。

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