自分の住んだ家

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天然石の秘密 あなたへのメッセージ

私の生まれは、確か母子手帳では岸和田市になってる。

俗に言う、里帰り出産って感じ。

でも厳密に言うと、亡母はその当時姉の家でお世話になってたので実家ではなく、姉の家の近くの病院での出産だったみたい。

その後、大阪市内に住んでいた時もあったけど、私がよく憶えているのは堺市に住んでた頃からなので『生まれは?』って聞かれると説明が邪魔臭いので、『堺市です。』と答える。

実際は2歳頃まで住んでいた家の様子も近くの団地や川、高架のある側道、市場の店の並びも、預けられてた乳母の家の間取りも鮮明に覚えてる。

父に言わせると、『あんな小さい頃の事を、なんでお前がそんなにハッキリ覚えてるのか?不思議や~。』『小さい頃の写真は、アパートが火事になって、ほんまにないから見たわけでもないしなぁ。。。』っと。

59歳で亡くなった母も、生前同じような事を言ってた。

でも、何故かしら私は知っている。

堺市に越してきてからは、私が嫁ぐまで、同じ町内会で約20年ほど住んでいた。

最近、よく写真の整理をしている中で、昔から住んでいた家の写真にとっても興味がある。

さすがに実家の写真はデジタル化していないので、載せられないが。。。

これは、結婚していた時の家のリビング(写真の女の子は友達のお子さん)

その当時自分達で建てたログハウスのダイニング(私の息子達)

そして、離婚して移り住んだ初めての団地。とにかく狭かった(泣)

この当時は生活するのに必死で、あまり写真が残っていない。

そして、今の主人(この9月までですが(笑))のおかげで、いきなり3LDKのマンションに引っ越す。

このオレンジのキッチンが決めて。

そして、初めての完全1人暮らし。。。結局5ヶ月ぐらいしか住めなかった。

そして、この9月いっぱいで又引っ越すけど今の家。

そして、これからの住む田舎の家と部屋。

案外、人ってアチコチ遊びや旅行にいった時の写真は撮るけど、ズッーと居る自分の家や部屋の写真を撮る人って少ないと思う。

『そんな事ないよ。』って意見もあるかもしれないが、私はあまり撮らなかったタイプみたい。

これだけの写真なのに、探すのに苦労したからね(笑)

なんで、今になって急に住んでた家の写真を探したくなったのか?

自分でもよくわからないけど…。

3月のあの日のちょっとした偶然から、自分の人生の方向がかなり違ってきた事実。

もうすぐ半年になる。

あれはきっと偶然じゃなかったんだ!

と、本当に心から思えるようになった自分がここにいる。

その反動かもしれない…。

自分が生活した日々の軌跡を辿りたくなったのは。

楽しい事や、嬉しい事ばかりじゃなく、

ただ淡々と人として、平凡に生活するだけの家。

その家そのものが愛おしく思える自分にやっと戻ってこれた。

言葉にすると、なんだか上手く書けないけど、とにかくやっと戻ってこれたょ。