私は山を上る!そっか!川に流されるって。。。

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天然石の秘密 あなたへのメッセージ

私は山に登る!。。。そっか!川に流されるって。。。

昨日、『ちょっと、上っておいで。』って誘われてるような気がして。。。

普段は1人でお参りに行けなかったのですが、昨日はなんだか自然に車を走らせていました。

私の村のすっごく高い山の上にある立里荒神社さんまで。

 

そういえば、数年前から急に山が好きになって、関東の山から私の山登りが始まったのよね。

そんなに本格的な山登りじゃないけど、あの登ったり下ったりが気持ちよくって゚(^^♪

それに、頂上のちょっとした時間の山ご飯や山カフェをするのが楽しみなんです。

山登りの前は、マラソン走ってました、一応(笑)まだ、ハーフマラソンまでなんですが。

でも、フルマラソンは人生で1度だけでも走ってみたい!と、まだ諦めていませんもの。

あ!話がそれましたが、昨日なんだか気になって『山に登る』って検索してたら、とっても面白いコラムを見つけたんです。

山に登る!より、川に流される!がメインに書かれてるんですが。。。

なんか、コレ今の私に必要な内容だったのでちょっと感動。

コピペでお借りしたたのですが、ご紹介させて下さいね。

◆川に流されるような生き方◆

50年近く生きてきて、ようやく生き方には、
ふた通りあるのだとわかってきた。

ひとつは、「山に登るような生き方」。
目標を定めて、頂上を目指して一歩ずつ前進していく。
それは、平坦な道だったり険しい道だったりする。
時には、分かれ道があり、
道に迷うこともあるかもしれない。
志半ばで、頂上までたどりつけないこともあるだろう。

もうひとつは、「川に流されるような生き方」。
とくに目標やめざすことは見えないままに、
まわりの環境や人の影響をうけながら、人生が流れていく。
多少は、自分の力で泳ぐことも必要とされるけど、
基本的には、大きな流れに身をまかせることになる。
たいていは後ろ向きに流されているので、
流されて来た過去は見えるけど、未来は見えない。

ぼくの生き方は、
どうやら「川に流されるような生き方」なんだと
30歳も半ばを過ぎた頃に気づきはじめた。
人生の中の重要な出来事が、
自分から取りにいった結果ではなく、
いつのまにかあっちから来たことがほとんど。
後ろ向きに流されているうちに、
背中に何かがあたるような感覚。
慣れてくると見えないなりに「来た来た」と
背中で感じるようになる。

2010年3月、
その人が、「つくし文具店」に来た時に、
背中で「来た来た」と感じたわけではなかった。
けれども、何か新しいことがはじまりそうな予感はした。
その人は、遠慮がちにサントリーの広報部の名刺をだした。
川畑弘さんと書いてあった。
数週間前に、ぼくがいない時にも来てくれたようで、
何か熱意のようなものを感じた。

「つくし文具店」は、ぼくの実家であり、
おふくろが1990年頃まで営んでいた
住宅街の中学校前にある3坪ほどの小さな店だ。
ぼくが2005年に、
「つながる くらしと しごと」をテーマに
コミュニティスペースとしてリニューアルオープンさせた。
ここは、さまざまな人が来て、
文具やデザインの話を通じて、交流できる場になっている。

よく考えると、
ここ「つくし文具店」から
はじまったプロジェクトはたくさんある。
ぼくが一番、無防備でいられる場所だから、
ここでの話し合いには、嘘も見栄もない。
きっとお互いにリラックスした状態で、
忌憚ない意見交換ができるのだろう。
時間の流れも遅くて、のんびりとした雰囲気ながら、
黒板もあり、ある程度のほどよい緊張感がある。

川畑さんとは、初対面にもかかわらず
長時間いろんな話ができた。サントリーでの仕事の話や、
住んでいる地域や個人的な活動のこと。
いろんなところに話がとび脱線しながらも、
最後はひとつの方向にシュウレンした。
どうやら、ぼくのスギダラトーキョーのウェブサイトでの
連載を読み、今後、新しくつくるサイトの連載を
お願いしたいとのことだった。

緊張した。サントリーの広報部と言えば、
そうそうたる作家が活躍したところだ。
文章を書くのが専門でないぼくが書いていいのだろうか。
もちろん、川畑さんも
ぼくの文章力に期待しているわけではなく、
ぼくの活動に興味をもってくれていることはわかった。
いっしょに活動する中で、
思ったことをごくごく自然に書いてもらいたいらしい。

というわけで、この連載は、
そんな成りゆきで静かにはじまる。
サントリーは、10年ほど前から
「天然水の森」という活動を全国ではじめている。
工場で汲み上げる地下水の水源地を特定し、
その森を守っていこうというまじめで息の長い取り組みだ。

「川に流されるような生き方」の最後は、
海にでるのだろうか。
海は広い。
到達地点には、もはや目標はない。
山と海は、川でつながっている。
その途中には、街がある。
視野を広げて、過去に目をこらし、
川の流れに身をまかせながら、
しばらくは、
森と街のつながりを考えていこうと思う。
ここから「森と街をつなぐプロジェクト」が
はじまる予感がする。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

なるほど。。。

川に流されるような生き方。。。

私には、あまりよくわからない感覚なんですが、なんとなくわかるような~。

でも、この山と川のタイプの人が交わる事がある時、かなり注意が必要だなぁ~と思いました。

夫婦や兄弟姉妹の場合、逆にいいかもしれないけど、恋人や仕事、趣味、遊びの場合は要注意かも。

だって、観ている景色が全然違うんやもん。

前と上を見つめる山タイプと、後ろ見て前が見えない川タイプ。

やばいよ!やばいよ!

どっちが良いとか、悪いとかじゃなくって。。。

この違いがわからないと、エライ目にあう!

でも、私は相手がどっちなのか?ハッキリ言って全然わからないですから(笑)

わからないから、いつまいつまでもエライ目にあうのよね~。

でも、どちらかと言えば、どっちかなぁ~ってぐらいサックリでもわかると、あなたの日々の生活に役立つと思いますよ。

 

世界は『使われなかった人生』であふれてる

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天然石の秘密 あなたへのメッセージ

世界は『使われなかった人生』であふれてる

最近頂いた本のタイトル。

なんか、グッとくるタイトルだと思いませんか。

本当、その通り!

使った人生って、今の自分の生きてる人生なのよね。

その人生を歩むにあたって、どれぐらいの使われなかった、選ばれなかった人生の積み重ねがあるのでしょう。

もし、あの時、あちらを選んでいたら。。。

もし、あの時、こうしていたら。。。

もし、あの時、あの人と一緒になれば。。。

もし、あの時、あそこに行っていなければ。。。

もし、もし、もし。。。その、使われなかった、もし。。。の犠牲?の上で、今の自分の人生が作られている。

ただ、その今の自分の人生は、あなたにとって、本当に望んでいたものですか?

そして、その人生で、あなたは本当にしあわせですか?

忙しい日常の中で、ふっと、自分の今の使われた人生、選んだ人生を改めて眺めてみなければいけないような出来事が、あなたの前に現れてしまう事、あるんですよね。

そんな時に、又使われなかった人生が1つ増えるんです。

イメージしてみて。。。

それを選んだ自分を。

それを選ばなかった自分を。

どう?

どっちが、自分らしい?

どっちが、居心地いい?

きっと、こんなふうに、簡単に単純に選べないからみんな悩んで切なくなるんでしょうね。

選ばなくっていい人生があれば、どんなに楽なんでしょうね。

どっちか選ぶか。

どっちも選ばないか。

それとも、、、どっちも選ぶか。

本当に、いつもいつも難しい問題だ。

きっと、素敵な人生を歩んでいる人たちは、この選ぶセンスがいいのでしょうね。

それか、選んだ後に、ぐじゅぐじゅ言わないか。

う~ん、そう思うと本当に深いね。

世界は『使われなかった人生』であふれてる。。。

でも、1つだけ言えるのは、

今あなたに関わっている全ての事や人や、物は、

全部間違いなく、

あなたに選ばれたものであって、

選ばれたあなたである!って言う事。

うん、これは性善説のうえで成り立ってる話としても、真実ょ。

 

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